コラムcolumn
2026年01月20日
経営改革を推進するためのエンジンルーム

習志野市に平成20年4月1日に経営改革推進室が設置され、この経営改革推進室は「エンジンルーム」と呼称されていました。エンジンというと、自動車のエンジンを想像する方が多いと思います。この場合は自動車の心臓部として、車輪を回す原動力がエンジンかと思います。
そういったエンジンのイメージを自治体に当てはめると、自治体を経営するための組織がエンジンルームであり、経営改革を力強く牽引するために設置された経緯があります。
経営改革推進室設置にあたり、議会における市長答弁の抜粋を紹介します。
困難な課題が山積する今、さらなる飛躍をする意味において、自治体経営の視点を持って改革に取り組まなければ、将来の発展の可能性が閉ざされてしまいます。
そこで、新たに「経営改革推進室」を設置し、これまで取り組んできた行財政改革の歩みをとめることなく・・・行政のスリム化といった視点に加えまして、自主自立のまちづくりに取り組んでまいりたいと思います。
このような考えのもと、制定されました習志野市経営改革推進室設置要領の第1条を紹介します。
第1条 自主自立のまちづくりを目指すため、行政運営に民間の能率的・効果的な考え方を取り入れ、資産を最大限に活用しながら、自治体経営を行なうことを目的として、習志野市経営改革推進室を設置する。
ここでのポイントは、行政運営を自治体経営へ、つまり「運営」から「経営」ということだと思います。この考え方は、習志野市の初代市長である白鳥義三郎氏が昭和36年2月に寄稿した、月刊誌「都市問題」第52巻第2号で地方行政の近代化と合理化の習志野市における一例として、行政から経営を述べています。その考えのもと、習志野市では昭和35年9月の機構改革で、管理部を企画経営部へ変更しました。ここで、その当時の広報記事の一部を紹介します。
・・戦前のように、市町村は国から委任された仕事だけをやっていればいい時代には、それで少しも不便はなかったです。ところが、住民のために仕事をするには市独自の考えで企画経営するんだとなると、そうした指揮系統だけの、つまり、ラインだけの組織では不足です。経営するということは、企画し予算化して、事業を実施の段階に移すと共に、その運用を全般的立場から統制し監査することなんです。
この広報記事の最後に白鳥市長は「こうした改革は、ただ単に機構図を改めるだけでは仕方がありません。それに伴う職務権限を明らかにし、事務手続きもすっかり改めなければなりません。だがそうなりますと、どこでもまだやっていない試みだけに、相当準備はしたものの、いろいろな不備な点も出てまいりましょう。時日をかけ、一歩一歩実効のあがるように仕上げねばならません。各方面からご指導ご援助をしていただいて、ぜひやりとげたいと思います。」白鳥市長の思いを引き継いだのがエンジンルームだと言えます。
エンジンルームはどのような組織であるのか議会答弁の内容を紹介します。
エンジンルームは形の上では財政部内に位置づけでございますが、実質上、既存の行政組織とは一線を画して、市長、副市長がフレキシブルにトップマネジメント機能を発揮することができるように、行政組織規則とは別に習志野市経営改革推進室設置要領を定めまして発足させたものでございます。したがいまして、現状、エンジンルームは、ある意味では既存の部や課の行政組織の枠を超えたものと言える組織であると認識しております。※議会答弁でも通称名のエンジンルームが使用されていました。
エンジンルームは当初は室長を含めて3名(最終的には4名)の期限3年(最終的には4年に延長)の職員で対応をしていました。私も、エンジンルームのメンバーでしたが所掌事務の一つである地方公会計に関することは私が担当しました。ある意味、権限が与えられていたことが習志野市の公会計が先進市との評価に繋がったのかと思います。その他にも、定員管理などは全ての部課長とのヒアリングなど膨大な時間を要しました。私的諮問機関である経営改革懇話会の運営や事業仕分けの実施、庁舎建設を含めた公共施設マネジメント等経営改革に関する広範囲の業務を今思えばよく対応できたなと思います。特に私の上司である室長はワークライフバランスを捨てて、時間外や土日も働いて、働いて、働いて、働いて、働いていました。
そんなエンジンルームは秘書課の隣にありましたので、市長は毎日のように顔を出してました。私があまりに室長の業務が多忙なときに市長に状況を説明し、数か月ですが、秘書課の職員にエンジンルームの兼務辞令を発令してもらい、応援に来てくれたこともありました。
エンジンルームのような組織は改革を実現するのには効果がありますが、権限が集中していることから永続的な組織として存続するには難しい面もあるのかと思いました。
システム ディ顧問 宮澤 正泰(元習志野市会計管理者)