コラムCOLUMN

2020/09/01

2020.09 京はやましろ、川の町…京都南部、関西の中央『京奈三』丘陵に胎動する新しい活力

略図

 京都の南西部は、八幡と大山崎の間を淀川が流れ大阪湾へと至るが、南東部は小盆地の山科を経て信楽高原・鈴鹿山系へと繋がる。鈴鹿山系は北部の関ヶ原から東は三重県の鈴鹿山、南は木津川右岸の和束、南山城から奈良盆地を経て大台ケ原に連なる。京都、奈良、三重に広がるこの丘陵地帯は、木津川の川向うにある関西学研都市―京阪奈丘陵に準えると『京奈三丘陵』と、言えるかも知れない。今でこそ過疎化の進む山里であるが、このエリアは、かつては熊野に上陸した神武天皇の軍勢が土着勢力を平らげた伝説と、その後の飛鳥王朝、平城京が築かれ、恭仁京を経て長岡・平安京に至った古代日本のメインステージであった。

 城陽市は、『京奈三丘陵』の東端に位置する。背後にあるその丘陵地に、新名神高速道路の開通をきっかけとして神話時代以来の夜明けが訪れようとしている。名古屋から神戸までの全面開通は、まだ先のことであるが、すでに2017年4月には京田辺と城陽間が開通し、2023年には大津~城陽~高槻・大阪間が開通する。併せて既に開通している京奈和自動車道の城陽JCによって、名古屋~大阪間の東西と、京丹後と奈良・和歌山の南北が交差し、京都へ五里、奈良へ五里のゴリゴリの里と言われた城陽市は、福井、三重も含めた関西の中央として翔こうとしている。

予定地 戦後間も無い日本社会の再生時代、そして高度成長の建築ラッシュの時代を砂利提供として支えてきた城陽市の青谷・長池のいわゆる『東部丘陵砂利採取跡地』はバブル経済の終焉と共に、地肌むき出しの荒れ地と化してしまった。文字通り砂塵舞う荒野の決闘場であった。
 救いの神はその位置である。新名神が東西に走り、京都縦貫・京奈和高速が南北に走る絶好の交通のポイントとなって、この広大な無人の地はスマートJCと一体化した絶好の人・モノ・コトの集積場になる。京都初のアウトレット構想である。計画では長池地区の広さ27haの地に150の店舗や劇場、イベント会場が誘致され、年間700万人の集客を目指すとか!
 環境が激変している今日、2024年春オープン予定の計画が、構想通りに進むことは難しいかもしれないが、こんな時代状況だからこそ新しい関西の活性化プロジェクトとして期待したい。(M)

一覧へ戻る