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コラム

2015.07 姉さん六角 京の道…竹田の子守唄と竹田街道

竹田街道 『タケダの子守唄』は武田信玄の甲州か、或はあの『荒城の月』の竹田市の民謡かと思い込んでいたが、ある時聞くともなしに聞いていると『♪久世の大根飯 吉祥の菜飯 竹田のもんば飯~♪』と聞こえた。全部京都の地名ではないか!江戸中期より謡われていた京都の南部―伏見の少女達が歌っていた子守唄だという。

 メランコリックなメロディに赤い鳥(→紙ふうせん)が多少詩を変え、山本潤子や小柳ゆきがカバーしている。大根飯や菜飯よりさらに貧しいもんば飯(おから飯)を竹田では食べているという…お盆休みが来ても、お正月になっても、何も良いことなんかないという江戸から戦前にかけての貧しい少女達の嘆きと、しかしその環境にめげない健気な意志が静かに伝わってくる。

 そのエリアを縦に貫くのが竹田街道で、京の七口の一つである。京都駅北側の高倉通七条を起点に中書島の伏見港まで続いている。淀川を経た西国からの物資が伏見港で荷上げされ、京へと運び込まれる物流街道として賑わっていたそうだ。街道には牛車の轍を彫り込んだ車石が敷かれ、今も公園の縁石などに活用されている。その荷運び労働者として、竹田街道沿いの人々も働いていたのだろうか。

 今は十条通で国道24号線と合流して深草加賀屋敷町で分岐し、更に二股に分かれて南行・北行の一方通行となった竹田街道は、昭和の雰囲気を色濃く醸し出す住宅街と酒蔵の街を経て外環状線まで続いている。そこには、竹田の子守唄も聞こえず牛車の車石もない。(M)

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